愛には終わりがあるんだよ。愛してるって言われたあとに、嫌いだって絶対に言うから、お前は絶対にいうから。だから、絶対に、その言葉だけを、殺して、明日も、俺だけを嫌いだと言ってよ。
**
やっぱりその言葉はいうべきじゃなかった。
臨也の涙というものを一体いつぶりに見ただろう。静雄は口を塞いで、一瞬動きを止めた。それは明らかに哀しいだとか、そういう部類の涙だったんだろう、痛みで泣いているわけじゃない。唇をちぎれるほどに噛まれてそれを自分でなめてこれはこれで、と笑えるような男が、今、俺の言葉ひとつに涙をこぼしていると知る。静雄はこの上なく、どういしたらいいのかわからなくなった。その一筋目の涙の落ちる先をじっと目でおうことしかできずにいる。そして次は、叫びだった。何を叫んだのかさえわからないような。
だから伝えないほうがよかったんだ。
泣きじゃくったようになって、そのまま、ヒステリーを起こしたように、こうなってしまうと性欲など、と思えるかもしれないが、とうの臨也はというと、ときどきよがったり喘いだりで、それでいて叫んだり罵声を浴びせかけて。ときどきひっく、と声にならない泣き声をあげ、嘘だ、と何か信じられないものを見たように切なげにつぶやく。そんなはずはないのだ、そんなはずは、と何度も、生まれたばかりの子供のようだ。静雄は何か悲惨なものを見せつけられているような気分だった。それは自分が創った屍を後ろに見た、あの腐れ切って吐き気のするような感情と同じだった。いや、それ以上だったかもしれない。とにかく、彼の急変は狂気ということばがまったく相応しく、そう呼んでやるほうが彼にとってはとても優しかった。臨也は完全に狂ったような姿を静雄の目に焼き付け、そして糸が切れたように意識を失う。
臨也が目を覚ますと天井はとても高くて、ああ、死んでしまったような気分にさえなれる今なら、と自嘲した。死んでなどいない、いま、ここをこっそりと抜け出せばうまくいくのだ、自分を殺す必要などなく。
臨也は静雄のほうを振り向くこともなく、いそいそと自分の服を寄せ集めてベッドを下りようとする。
「臨也」
ああ、臨也はその声に、いくつもの感情を抱く。切ない、痛い、面倒くさい。そしてなんて愛しいんだろうとさえ。これが執着というやつか。
臨也は目をぎっとつぶったあと、振り向いて少し微笑んだ。静雄の顔は馬鹿みたいに変な感じでかたまっていて、まるで心配してるかのような…ああそうか、こいつ俺のことが好きなんだっけか。
「見苦しいもの見せたね。帰るよ。」
「待てよ、始発まだなんだろ。」
肩を。臨也は大仰に体をひいてそれをかわすけれど、人差し指が肩をかすってそれさえもなのだ。それだけで、もてあます。
そして臨也の顔はわずかそれて見えなくなった。数秒あって、今の気分は?と言った。
「俺を心底傷つけた感想は?」
数秒の沈黙、そしてのちに彼は笑った。静雄は静かに口を開く。
「昨日、呼びだした先、そこでてめえは俺を愛してるっていったな。」
「ああそうさ。その通り。だからここにきたんでしょ?」
「俺にはそれを言う権利もないのか。」
しおらしくなんないでよ。臨也は静雄の少しうつむいた顔の、少し上のほうに手を伸ばして、ピストルを形どった指が静雄の額に触れると、
「愛してるなら、愛してるなんて言わないでよ。」
明日も、嫌いだと言ってくれ。と、顔も見せずにつぶやく。
静かに砲弾は放たれてしまって、それだけだ。
さよならを言う日までずっとしまっておいてくれたらお前をずっと愛していられるのに。