岸谷新羅という男は流石に臨也のことを何年も友人と呼び、その言葉にきちんと耳を傾けてきた男であると、ときに思い、感心し、それでいて、不干渉で居続けることに残酷さを感じたりしたこともあった。 新羅は臨也との距離を確実に友人それ以上に縮めることなく、しかし深い愛情とさえ呼べるものを持っているとさえ思えることがある。その愛情は、あえて臨也をどうにかしてやりたいと願うことではない。臨也が臨也であり、臨也として生きることを敢えて肯定し、臨也のことを外から包み込んでいる。生ぬるいものだ。飼い殺しにされていることにさえ気付けない。
臨也のことになると相槌しか打とうとしない男が、珍しく口を開いたときがある。

「臨也は、死んだって静雄に本当のことは言わないよ。」

新羅は沈黙をやぶるように明るいような、暗いようななんとも言えない口調であっけらかんと言う。臨也は確実に傷ついているのだとも、それを露見するようなことも、お前には言わないのだ、というようなことも続けざまに言われたような気がする。

「自分の嘘で傷ついてるなんて、まったく笑える話でしかないけれど。傷ついたという事実が許せないのかもしれない。彼が自分の気持ちに気付かないでいるっていうことはないと思うよ。ただ、それを認めることを許せない。それだから、傷ついたなんて生ぬるいことを言わない。そういう奴っていうのはわかってるよね。」
「……。」
「落ち込んでるならごめんね静雄。誤解してるなら言うけれど、僕はね、それでも別にいいと思ってる。臨也は君という存在を認めないまま、それでいて、君にしかないものを求めて生きて。そのどこに問題があるんだ、て思うときがときどきあるよ。静雄が今日言ったみたいなよくわからないもやもやをそれを恋と呼んだとしても、しまっておいたほうがいいときもあるし、ぶつけて壊すっていうのもいいかもしれないね。どっちにしたって、臨也は絶対にこの状況を打開するつもりはないってことだから。その辺は僕より静雄のほうがわかってるでしょ?静雄?」

俺がああ、とわかったのかわからないのかよくわからない相槌を打って話を聞いているうちに新羅はいくつもの言葉を並べた。臨也よりはきき心地のいい言葉だけが並んでいるのに、何もかもを言いあてられる感じはあいつそっくりで、さすがに臨也が好んで話をしようと思える相手だけはあるとさえ思えた。新羅は、少し、難しかったかな、静雄だもんね。と言ってコーヒーに口をつけたので、俺は少しいらっとしたのだが、今日はそれどころではなかったのだ。 臨也に会いたいと思ったら、それまでだった。今、この時間に、あいつの顔をみないとどうにもならない。むしろどうにかなりそうなくらいだった。それはしまっておくべきなのか、それとも底において、しまっておくべきか。

「臨也のことよくわかってんだな。」
「付き合い長いもの。わかるよ。」
「それ、本人に言ったらどうだ?喜ぶと思うぞ。」
「やだなぁ、僕のことで喜んでる臨也とか薄気味悪い。」
「あいつ…が、お前といて、楽しそうなのはいつも通りだろ。」
「ふうん、静雄にはそう見えるんだ。なるほどね。」

新羅はけらけら笑って、そして、臨也を頼むよ静雄、と静かな声で祈るようにつぶやいたのだった。