静雄の大根演劇の、 折原臨也は、その台詞が一番好きだった。安っぽい愛を語らうシーンで、一つだけ直球に、 言葉のごまかしを含まないもの。

「愛している。」

ワンルームのマンションにその低音が響き渡る。折原臨也はその、声もきにいっていた。

虚空の中から声は聞こえない。
これは静雄のクラスの出し物は、安っぽい恋愛の演劇で、本来ならば答えるべき 誰か、女優がいるのかもしれない。だけど、今、応える声はない。
彼のその台詞は誰にもささげられない。虚空を相手に一人ごっこ遊びなのだ。
それが、どういった演劇なのかは知らない。その演劇は不特定多数の人物に評価される。
その演劇は、彼らのためにある。彼の言葉は、俺のためになどないのだ。
臨也は脚本を取り上げた。静雄は口をぱくぱくさせる。
「劇、明日なのにそんなので大丈夫?」
臨也は、次の台詞を読み上げる。意地っ張りな女の台詞。一年先の私を、 愛すという保証は?そんなものなどあるはずがないのに。 静雄は髪をかきむしって返せよ、と命令する。
「何怒ってるのシズちゃん、君の台詞なんてもうない。」
臨也は返さないで、代わりに伸びてきた手をとって口づけた。
「一生をかけて愛してくれるなら、信じてもいい、彼女はそういうんだよ。」


(1/11:「ある役者と大女優」)





ふわふわの夢を見たいのではない。ふわふわの夢の中で眠っていたいのではない。
もっと奥のほう、そこをつきやぶった先のグロテスクでもいいから、もっと、もっと、目も当てられないほど、この矛盾している感情を突きつけたい。突きつける。

「だからいつも、一時間君のことをだけ考える。」

懐に彼はいた。顔面を押し付けるようにして臨也は何かを吐露する。
こいつは愛されるために何かするってことだけ、からっきしだめで。
でも、それを知っていてもうけとめることなどできるはずもなくて。
「伝わったらいいんだけど?俺の気持ち」
臨也はようやく懐から離れた。やけにいい笑顔をして、やけにやりきったような顔をして。
今日は何ミリ刺さっただろうか。今日は何ミリ伝わっただろうか。

「そんなものじゃ伝わんねえよ。」

こぶしでぱきん、と冷たいナイフを折った。


(1/8:「一時間だけ、きみのことを考える」)