「指輪なら俺はもうもってる。」
それをシズちゃんにいったとき、ああ、あれな、と顔をしかめた。同じ道のりをきていることをようやく思えだした彼は、静かに俺を見下ろす。
「坂多いもんね、こけないでよ。」
俺はそういってシズちゃんを追い抜かした。もしかしたらもうついてこないかもな、と思いながら追い抜かした。
教会までの道のりは覚えてる。大人になって、一度も通わなくなった道をまるで何度も通った道のようにはっきりと。
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高校のときのことだけど、俺とシズちゃんはふたりしておもむろに学校をさぼる道のりで一緒になってしまったことがあった。そこで俺の提案。一緒にさぼりませんか、てためしにいってみたらシズちゃん黙ってついてきちゃうから驚いた。
このとき俺は何ひとつプランなどなく、もちろんシズちゃんにあるはずもなく、二人は電車賃のつきるまで遠いところへ行こうという感じで、一番遠いところまでの切符を買った。もちろん帰りの分がかえるように計算してね。
切符を買うとき、俺の手がふととまった。
「ねぇシズちゃん、教会っていったことある?」
神様はいないけどね。俺は笑っていった。一度いってみるのもいいかもしれない、シズちゃんもいい勉強になるから、といって俺は彼を必死につれていこうとした覚えもある。とにかくなぜか俺はシズちゃんをそこにつれていきたいと思った。男子高校生がふたりして何をやっているのだ、て感じだけどね。
郊外にある教会までは電車をずいぶんのりつがなくてはならない。その間シズちゃんの無言さは俺を妙な気分にさせたし、おそらくむかいでずっと外をみつめているシズちゃんもそうだったんだろう。
俺はふと、シズちゃんがどうして自分のこんな気まぐれにつきあってくれているのか気になった。そういいつつ、俺はなんの言葉も発せずにいる。電車の中がこんでいたからかもしれない。妙な気分だったからかもしれない。
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教会で何をしたというわけでもない。ほかにいくあてがなくて俺が行きたいといったからいってみたにすぎない。
「結婚式みたいだね。」なんてさぶいことは(ちょっと思ったけど)言わないし、バージンロードをかけぬけたこともない。じゃあ何を、何をしたのか。
「何をしたと思う。」
話は現在に戻る。俺たちはなんとあの場所にもどってきているらしい。あの、同じ電車にのって、同じ坂をのぼって。シズちゃんはもしかしたらついてこないかもしれないと思って、気まぐれで誘ったのに今日もついてきてくれている理由を俺はきけない。
シズちゃんはかがんで、地面に手をふれる。無数にさく白い花を一本つんで、これだろ、と言った。
「もう、枯れただろ。さすがに。」
シズちゃんは器用に指の先でシロツメグサを円状にまとめてやる。そして少し引っ張ってその強度を確認する。
「シロツメグサの指輪。」
「そうそう…。てシズちゃんまた作ってるの?あきないねえ。」
俺はあきれたように言った。シズちゃんは楽しそうにその指輪を指でもてあそんでいる。
たぶん、俺がくれといわないとくれないだろうその光りもしない偽物に思いをはせる。喉から手が出るほどほしいとはなぜか思わない。
あのときシロツメグサの強度を見誤ったために泣いてしまった思い出を、その指輪の脆さを俺は知っていたからだ。