ここん、ここん。静雄は机をたたいた。

それをじっと見ながら新羅はきょとんとした。どうしたの、と尋ねると上の奴が、とそれだけ答えた。

「ううん、そっか夜にこれはきついかもね。」
「だろ。」

騒音に相違ない、といまいましげに静雄はつぶやいた。
新羅は奥のほうの本を何冊かもってきて、その隣人のことはあれなの、嫌いなわけ?と訊いた。静雄はぐっと黙った。

「嫌いだ。」
「…そう。」

そうだ、といらいらしつつ眉間にしわをよせつつ確認するようにつぶやいた。あの晩臨也を心配するような言葉を吐いた自分が信じられないこの数日間を打ち消そうとするように。
新羅は静雄の話を聞きながら本をぺらぺらめくっていた手を止めた。

「怪我もうふさがったかな、もう一回ぬっとく?」
「ああ、もういいと思うありがとな、それと変な話して悪かった。」

新羅は柔らかく微笑んで、それはいいよ、と言った。その態度や、この空間が静雄は好きだった。自分をただ、静雄としてむかえいれてくれる場所。背中を向けて帰ろうとしたところ、ふと呼びとめられて振り返る。新羅は本を土産だといって差し出していた。

「難しいかもしれないけど、ちゃんと読むことをお勧めするよ。」

新羅は挟んだ付箋を指でちょちょっとつまんで示してはまたいつものように微笑んだのだった。


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とん、ととん、…
臨也は床に耳を当てて数度床をたたき鳴らした。これで何度目のことだっただろうか、何度もこういう風に夜の遅くて静かな時間に床下の住人に暗号をおくりつけたのだ。
ただ、うなだれて、きっと伝わらないことをつたわれ、つたわれ、と何度も何度も。
しかし、その晩は耳をすませていても何も聞こえなかった。どういうことだろう、帰っていないのか、と夜中一人思う。しばらくしてあきらめたように叩く手をしまって、自分も休みに入ろうと寝床に入ると、扉を爆撃機でもつっこんだかのようなノックが襲った。 正直なところ動揺があって、しかし、その扉の向こうにいる相手の正体はわかっていた。

「もしかしてもう騒音クレームかな…。」

そんなにうるさかったか、と頭を抱えた。そして、ああ、ドア壊さないでよ、と叫びつつ、扉をあけた。だが、そこにはあまり怒ったようには見えない静雄がたっていた。臨也がどうしたの、と言い終わらないうちに信じられない言葉が彼に浴びせられる。

「俺に会いたかったんだろ。」

カチン、と凍りついた。
臨也はそのまま彼の目を見て、掴まれた手を見て、そして、扉の向こうから押し入る彼をみて、ふっと、ああばれた、と思った。静雄の後ろで扉はしまる。とてもゆっくりしたスピードでしまって、無音になる。外の音はもう聞こえない。