ふと、部屋中を歩き回ってみる。うろうろうろうろと歩き回る。
引っ越してきたばかりの男のことを、ずっと考えていた。同時に、あの日見た光景を、外れた扉と、静かに管理人の言葉をきいてこぶしを震わせている彼のことを。そして、街で見た…。単純に言えばそれは興味だった。哀しいくらい人間らしい心を持っているのに彼は人間ではないことを人間とは思えない沸点の低さで行ってしまう。
臨也は分厚い彼の部屋にある専門書という専門書を持ち上げてはベッドにおいて、その重量を確認して口元を歪ませた。彼は階下に住んでいる。さきほどまでうろうろと歩き回るだけだったが、それでは我慢できなかった。彼の沸点を超えていきたいと思った。彼を刺激してみたいと思っていた。
高く積まれた本を人差し指でとんと押せば彼は俺の部屋のドアを激しく叩くのだろう。
それが楽しみなのだ。
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折原臨也という男は静雄の部屋の一つ上に住んでいる。最初あいさつにきたときからいらいらとはしたが、今日いきなり物音がしはじめた。いらいらするったらないと耳をさっきからすませている。今はやんでいるのだが次に起こることの前兆だとしか考えられない。そしていざ、やんでしまうとさびしくなって自分の部屋の音を一切消して音を聞き取ろうとしている自分がいた。最初のうろうろとした物音からちょうど10分もたった頃だろうか、そのころに静雄はすくっと立ち上がる。
「あの野郎…」
ギリっと歯ぎしりの音が聞こえそうなほど歯をかみ合わせてそして鍵もかけず部屋を出た。
すさまじいほどの騒音は確かにアパート中に響いていたはずで、そのあとに出た静雄の扉をあける音もまたしかりであった。そのあとに響くものは何もない。何も。
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臨也の家の扉は静かに開く。待っていたというように、そして視線が絡んだあとに
「ああ、久しぶり」と臨也はつぶやいた。
久しぶりも何もあったのは二度目だったというのになんだかまるでそんな感じはしない。
ずっと足音だけを聞いていたのだ。静かに、静かに。